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最近、桂がよそよそしい。



常に図々しいまでに攘夷思想を押し付ける男が、ここ暫く様子がおかしい。
道で会っただけで目を背け、この間などは声を掛けた途端、

「あ、真選組の鬼の副長」

と、見え透いた嘘を吐いてまで逃げる始末である。

(いや、大串君とは確かに因縁の仲なんだけど。俺は何でお前に避けられ続けなきゃいけないのか聞きたいだけなんだよ)

ふだんは側に来られると鬱陶しいと感じる。
なのに、相手の方から避けられてしまうと何だか気になってしまう。



【しようよ】



「それは銀さんが原因なんじゃない? ほら桂さんって九ちゃんに似て、ちょっと寂しがり屋さんな面もあるみたいだし」

とある温泉町にて。
銀時は桂の潜伏先周辺を探りに来ていた。
そこで偶然居合わせた―――と云うより、待ち構えていた―――お妙と九兵衛に呼び止められ、半ば強引にアイスを馳走になっている。


「お、お妙ちゃん……」

九兵衛の奢りのハーゲンダッツの高いヤツが、今日に限って嫌味なほど甘く感じる。
それは気のせいなどではない。何故なら自分達の不仲を肴に、イチャつくバカップルが目の前に存在するから。

「あ~、原因……っつってもなぁ。それが分かれば、いちいちヅラに聞く必要もない訳だし」

銀時は面倒臭そうに返事をする。

「聞く必要もない、ですって?」

その態度が気に入らなかったらしい。お妙の笑顔が引き攣る。

「―――んな筈あるかぁぁぁぁ、ボケェェェ!!!」

怒号と共に、お妙の拳がスパンと音を立てて顎に入った。
ドシャアと音を立て、銀時は椅子から転げ落ちた。お妙はパンパンと手を払い、

「さ、九ちゃん。早く行きましょう」

と、九兵衛に蕩けるような笑顔を向けた。

「待ってくれ、お妙ちゃん。これからハーゲンダッツの直営店で君と最新スイーツを食べたいんだ」
「ふふ、ありがとう。でも、こんなチン○ス野郎といたら、心の常在菌まで失ってしまうわ。だから、さぁ行きましょう」

足元に蹲る天然パーマをお妙は蔑んだ目で見た。


全く惚気るかキレるか、どちらかにしてくれと銀時は思った。



◇◇◇



「クソッ、ゴリラかあいつは。せっかく秋限定の高いハーゲンダッツだったのに」

ひどく目眩がして、銀時は頭を押さえる。
飛び散ったアイスで体中ベタベタだった。
男として、とても惨めな気分だった。


「あ、旦那」

見知った少年の声がして、銀時は振り向いた。

見ると、さんざん桂が逃げる口実に使った土方と沖田がいた。

周りから何かしら誤解されているかも知れない状況で、また物事をややこしくする人物達に出くわしてしまった。

「あ、万事屋」
「あ~、またうるせぇのが来やがった」

銀時は面倒くさそうに土方を見た。

「あ~! 桂の事でへこんでるって聞いたから、わざわざ見回りに来てやってんのに、今、うるせぇって云った?」

土方はわざとらしく声を大にして云った。

「そうやって親切ごかしに云う所が迷惑なんだよ! だいたいテメェらのは野次馬根性だって最初っから分かってるしな」
「心配して遠方まで見回りに来てやったのに、うるせぇとは……。いくら万事屋の旦那でも、そりゃあねえんじゃねーですかぃ?」
「ああ? その心配とやらが逆に怖いっつってんの。やたら人のプライベートを嗅ぎ回るストーカーですか?」
「……行くぞ、総悟。ったく、こんな人の気持ちも分からねえチ○カス、構うんじゃなかった!」

桂の事で悩んでいるのは自分なのに、なぜ外野から二度も“チン○ス”呼ばわりされなければいけないのか。
しかし心当たりがないからと云って、このまま誤解を解かない訳にもいかない。

(こいつは一刻も早くヅラをつかまえねーと。ただでさえ悪い俺のイメージが、ますますとんでもねぇ事になるじゃないですかぁぁぁ! そうなったら新八や神楽に給料が払えなくなる。一体、公務員のあんたらに何が分かるんですか?! 何が分かるって云うんですか!!?)

余談だが、実際は給料の支払いどころか、家賃もすでに○ヶ月は滞納していた。
にも関わらず、新八と神楽の給料の事が頭に浮かぶ程度に、今の銀時はとても焦っていた。

(でも、どうすりゃいい……! ヅラの潜伏先が出石だって事は分かってるけど、派手な捜索なんてすりゃ、今度は俺がストーカーだって疑われちまうだろうが……って、ん?)

 

大きめの荷物を抱えた美丈夫と老婆が歩いて来る。


「親切なお兄さん、荷物を持ってくれて有難う」
「なに、礼には及ばん。全ては攘夷活動のためだ」

 

男は“攘夷のため”と聞き飽きた言葉を口にする。
そしてその男こそが、ずっと探していた相手でもあった―――。

「かぁぁぁつぅぅぅらぁぁぁぁぁ!」

銀時は思わず絶叫した。絶叫しつつ桂を捕獲しようとする。
だが、桂も「逃げの小太郎」の二つ名を持つ男。そうそう簡単に捕まろうはずがない。

「かーつーらーじゃない、桂だ。何だ銀時! お婆さんに失礼じゃないか?! 」

と、いつものように返しつつ、銀時の手が届く僅かな間合いで身を躱(かわ)す。

「ちょ、何で逃げんだよ?! ヅラ」
「黙れ! 今、お前に会うとマズいんだ! だから俺に構うな、銀時」

桂は泣き喚いた。

「そんな事云っても、誰も納得なんてしてませんからぁぁぁぁ」

そう。そんなふうに云われては、人間よけいに追いたくなる。
そこで銀時は、ある人物の力を借りる事にした。



◇◇◇



―――数十分後。

銀時はその判断を三秒で後悔させられる事になった。

「銀さんって桂さんと仲いいわよね。(芝居がかった口調で)男同士の友情って……うふっ♡ ……女の私でも嫉妬しちゃう」

そして、三秒で銀時を後悔させた人物とは、さっちゃんこと猿飛あやめだった。

「でも付き合いがいがあり過ぎて疲れちゃう時だってあると思うな」
「何言い出すかと思えば、またその手の芝居ですかぁ。ヅラに振り回されて疲れる事ぁあるけど、今はお前との話でごっそり気力持ってかれそうだわ」

そう云いつつ、銀時はテーブルの上のフルーツ盛り合わせを口にする。

「またまたぁ。疲れた時はいつでも私の所に来て話をしていいのよ。銀さんなら、いつでも大歓迎って云うかぁ~。きゃ、云っちゃった♡ 」
(こいつ……また全蔵に嫉妬させる気でやってるんじゃねーだろうな)
「いや、お前ひとの話聞かないじゃん」
「きゃは♡ 何故なら私」

まるで吉○新喜劇の珠代姉さんのごとく、さっちゃんは銀時にどこまでも食い下がった。

「何故も何も、俺も別に聞いてないからね」
「前から銀さんの事ぉ、ちょっといいなって思ってたんだ」
「前からストーカーだったよねお前。何たった今、俺の事好きになったみたいに云ってんだ」

全力で呆れ果てた目を向ける銀時に対して、さっちゃんは果敢にアタックを続ける。

「うふっ♡ 桂さんとケンカしてるって聞いて、銀さんに接近出来るんじゃないかって。きゃ♡ 云っちゃった」
「いやもう接近っつーか、俺に付きまとうのマジでやめて」

ようやくさっちゃんは本題に触れたものの、銀時の精神的疲労は半端なかった。
それでも、さっちゃんは優秀な調査能力を持つくノ一である。
この一見無駄とも思える会話の中に、桂に関する有力な情報が含まれているのかも知れない。

そう自分に言い聞かせる銀時に

「桂さんとケンカするあなた、凄く良かったわ。これでまたスマホの銀さんフォルダが埋まってしまう」

さっちゃんは鼻息も荒く、スマートフォンを懐から取り出した。

「ばっ! 何やってんだぁ、捨てなさい! そんなも……あ、このヅラの写真いいな。よかったら後でプリントして送って」
「あはっ♡ 銀さんったら、いつも! いつもそう! そうやって最後は私に甘えるのね。いつも最後はお前だって云われてるみたい♡ きゃ♡♡ 大胆」

本物のストーカーを頼るんじゃなかったと銀時はぐったりした顔で返した。

「誰がいつお前に甘えた?」

手元の送信された画像を見ながら、何度云ったか分からないすげない言葉を返す。

(……そういや今月って)

銀時は手を止め、一枚の写真に見入った。
写真に写った桂はどこかの祭りに紛れ、女装姿で踊っている。
十一月といえば出石城下でお城祭が開催される。


銀時は今度こそ確実に桂を捕獲する計画を練った。



◇◇◇



お妙の細い指が、新八の唇に真っ赤な紅を引く。

「まぁ、可愛いわ♡ 新ちゃん」
「パチ江殿と比べると、パー子殿はもう少ししとやかさが欲しい所だな。お妙ちゃんを見習ったら、どうかな」

九兵衛がパチ江こと新八の女形姿に感心しつつ、パー子(=銀時)の立ち居振る舞いにダメ出しする。

「ありがとう、九ちゃん」

またもこの状況を肴にしようとするお妙は、思いがけない九兵衛からの褒め言葉に頬を染めた。


桂をおびき寄せるため、銀時は女形に変装をしていた。
かつて銀時と桂は、あのマドモアゼル西郷により、おかまとしてのノウハウを叩き込まれている。
おまけに祭りとなれば、桂が引き寄せられない訳がない。


「いや、何勝手に桂さんの事わかった気になってんですか? あんた。僕はあんたの事許してませんからね、銀さん」
「来るって。ヅラはこういうお祭り騒ぎには必ず現れるんだよ。何故なら『私たち二人ツートップで頑張って来たじゃない』って云ってたから」

きっとカステラを買って、俺の所に戻って来てくれる、と銀時はめちゃくちゃな説明をした。
とにかく意外と自分の近くに桂がいると分かっている以上、もう手段は選べなかった。

「だいたい、いつもどおりのいい加減なやり方に出ると思ってたよ。男は切羽詰ったら、かえって雑な手を使って謝って来るってマミー云ってたアル。本当ならそういう時こそブランド物のバッグや高いスイーツを奢るべきなのに、全くこの天パは使い物にならないアル」
「……なるほど。神楽ちゃんのお母上はいい事を云う。その言葉、ありがたく参考にさせてもらうよ」
「だから! こういう所で耳を傾けるべきなのは銀さんなのに、特に叱られる必要もない人が何で真面目に受け止めちゃってんの! 」

銀時の下らない思いつきによって、外野が揉めていると、部屋の扉ががらりと開いた。

「パー子、約束のカステラを買って来たぞ」

タイミングよく探していたヅラ子(桂)が現れた。
そしてきのう桂が親切にしていたのとは違う老婆が、何故か当たり前のように隣に立っていた。

「まぁ座れ」

老婆は初対面の銀時相手に、命令口調で指示を出す。

「そうですね、お婆さん。パー子、ほら一緒にそこに座りましょう」
「パー子殿、この椅子に座り給え。折角の御厚意だ。お婆さんに悪いだろう」

九兵衛は甲斐甲斐しく椅子を出して来た。

銀時達はとりあえず椅子に腰掛け、老婆の話を聞く事にした。



◇◇◇



さて。
見ず知らずの老婆の話を聞くため、桂のほうから「パー子、一緒に椅子に座ろう」と云って来た訳だが。

「だから今の若い子は信用出来ないんだよ。親から思いやりってもんを教わってない上に、わがままだしな」
「ええ。そうかも知れませんねぇ。お婆さん」
(何でそこで相槌打つんだよ。よけい話が長くなるだろうが!)


銀時は苦しい目に遭っていた。

(何か、このババア。ヅラに話し掛けてんのかと思ったら、完全に俺に向かって話し掛けてるしぃぃ……! ……いやいやいや、それより問題なのは、まずお前なんだよ。ヅラァ)

長話だけならまだいい(本当は全然良くない)
空気椅子というどう考えても無理な姿勢に加え、膝に桂を座らせるというジャッキーも顔負け(? )の強化メニューを実行させられていた―――!

「分かったか!!! 」
「分かりました。後でパー子に厳しく云っておきます」
「分かったならいい。私も鬼じゃない。そら、そのカステラを食べな」
(ちょ、それって俺がヅラにもらった……)

老婆は当たり前といったふうにカステラを差し出す。

「へぇ。こいつはまた高いカステラですねぃ。叱られた後に二人で仲良くカステラをつつく事により、ハッスルした時に盛り上がるつもりですかぃ?」

頼んでもいないのにドS王子が顔を覗き込む。
信じられないといった顔で目を向けると、総悟は「グッジョブですぜ、旦那」と親指を立ててみせた。明らかに誤解している様子だった。

「そ、総悟くん?」
「総悟! 桂は確保出来そうか?!」
「当然でさぁ」

土方の声と共に、総悟がバズーカを至近距離で放った。

「浅はか過ぎるぞ、幕府の犬共め! 俺がここで捕まると思ったか!」
「ああ、もう! 覚えてろよ、真選組コノヤロー!!!」

銭形から逃げるルパンのごとく、ヅラ子は茶屋の二階から勢いよく飛び出した。
先のアイスクリームだけでなく、総悟が放った一撃によってカステラまでもが粉々にされた。
そして銀時はまたもや桂を捕り逃した。



◇◇◇



上等のカステラを失った万事屋一行は甘味を求め、商店街に来ていた。

「銀ちゃん、駄目アル。ワンカップ甘酒は売り切れネ」

スーパーの入口から、神楽が酢こんぶの入ったエコバックを提げて出て来た。銀時は、これと決めている商品が品切れになっていた事にショックを受ける。

「マジでか。甘酒はあれじゃねーと駄目なのにか。ワンカップならガラスのコップがタダで手に入るし、値段も手頃だし味も値段に見合ってるし、俺はあれじゃねーと駄目なのにか」
「二人共駄々を捏ねないで下さいよ。特に銀さん、桂さんに逃げられてイライラするのは分かるんですけど、甘酒なら一円高い黒蜜入りだってあるじゃないですか。カステラも姉上が買って来てくれるみたいですしね」

子供のように駄々を捏ねる銀時(パー子)を新八(パチ江)が宥める。

「おう! 甘酒はこれで買い尽くしたな?! これだけありゃガキ共も喜ぶぜ。どれ一杯、俺も戴こうかな」

店の入口から甘酒の全在庫を抱えた回し姿の男達が、大声で笑いながら出て来た。

(嘘だろ? 楽しみにしていた赤いワンカップを、半裸のおっさん達が先に買い占めてただと?)

今日は皆が楽しみにしていた祭りの日。店側も十分に在庫を用意していたはずだ。
それをあろう事かこの男達は、観光客も買って行くだろう甘酒を、自分達の楽しみのためだけに買い占め、目の前で自慢している。
銀時と神楽が驚きの目で男達を見ていると、リーダーと思しき男が甘酒に口を付ける。
「甘ぇ! ガキ共はふだんこんなの飲んでんのか」

口に含んだ甘酒を乱暴に吐き出し、カップごと飲み残しを投げ捨てた。
石畳に叩きつけられたガラス製の容器がパリンと音を立てて割れる。

はっきり言って、マナー違反にも程があった。

「信じられないアル。こんな見知らぬオッサンに遅れを取るだけじゃなく、ワンカップまで貶されるとは」
「神楽ちゃん、そこはおっさンのポイ捨てにショック受ける所だからね」
「パチ江殿。お妙ちゃんに頼まれて、君達の分のハーゲンダッツを買って来たよ」

ハーゲンダッツの風味に負けない爽やかな表情をした九兵衛がやって来た。
対して、自分のすぐ側には回し姿のオッサン達がいる。この状況に新八は嫌な予感しかしなかった。

「あの……ありがとう九兵衛さん。ハーゲンダッツ……貰いますね」

予感は的中した(この場合、的中しないほうがおかしい)
隻眼の美少女の黒く美しい瞳はオッサンの汚いギャランドゥを前に、点になっていた。

(ああ。僕ってば、少し疲れてるのかな? 久兵衛さんの事心配し過ぎて、大通りのほうが何だか……)
「うわぁぁ、何だこの女?! 大名行列に飛び込んで興奮してやがる!!!」

大通りのほうからは、大名行列がこちらへ来る予定である。

「九ちゃん♡ カステラと一緒に私達の分のクリスピーサンドを買って来たわ。九ちゃんはキャラメル味が良かったかしら」

そこにまた悪いタイミングでお妙がお約束のように到着する。これはもう祭そのものが成功するはずがないと新八は悟った。

「え? 何この銀さんをドス黒くしたような、さらに汚いモジャモジャは」
「……さっさとその汚いものをしまえ」

お妙は相変わらず笑顔のままだったが、九兵衛のキャパは既に限界値だった。

「うがぁぁぁぁぁ! 」
((あ、やっぱり))

銀時と神楽は、そう思った。
九兵衛のキャパもたしかに心配ではあった。
しかし、新八も志村家の血を引く男である。緊迫した状況において、十分大番狂わせをする素質を持っていた。

「僕の姉上に汚いギャランドゥを見せるな! このボケェェェェ」

新八はギャランドゥのおっさんの法被を掴み豪快に投げ飛ばした。
そこへ馬に乗った大名が、祭に相応しい和やかな笑みを浮かべて、こちらに近づいて来た。
観客たちの声援に応え、大名役の男性が手を振っていると、

「私は風になるのよ! さぁ走りなさい、オグリキャーーーーッ…」

ツナギを来た女性が異様なテンションで乱入した。
彼女は快速星人の飛脚、マッハのりこ。
名のとおり、風を感じ続けないと死の危機に陥る厄介な性質の異星人だった。
どうやら、バイクが転倒したため、大名行列の馬を狙う気でいるらしい。
そして、

「……ッぷ?」

偶然、新八が放った「人間砲丸投げ」によって投げ飛ばされたおっさんが、のりこに激突した。
大名と馬は無事だったが、ギャランドゥが落下する早く

「お妙ちゃんに謝れぇぇぇぇぇ」
「ぐわっぷぅぅぅ!!!!」

と怒りに燃える九兵衛の、オーバーヘッドキックがヒットするのだった。
後はもう、風を感じられずに出来ず苦しむのりこの壮絶な叫びと、背中を打ちつけ石畳の上で悶えるオッサンを、観客たちがスマホで撮影する感じだった。

「こういうの、スマホ撮影禁止にしろよ。もう」

これほどの騒動があったにも関わらず、大名行列は滞りなく終わり、続いて女達による踊りが始まった。
銀時はずっと以前から、ニュースなどを見るたびに思っていた事を口にする。
笠を被った女達が後ろを通って行く中、ヅラ子もいて、通りすがりに銀時に云った。

「まったくだ。こんな世の中だからこそ、ますます攘夷を促進せねばな」
「こういう時まで攘夷って、テメェはヅラですか? 後で職員室に来なさい」
「ヅラじゃない。桂です、先生。いい加減に覚えんか、貴様」

銀八先生のノリで、二人は祭を見つめている。

「「…………」」
「おい、ヅラ子」
「何だ? パー子」
「お前、何でまたスタンバってたみたいなタイミングで、俺の前に現れたんだ」
「……待ってろ、パー子。ちょっと赤福餅を買いに行く」

踵を返し、立ち去ろうとする桂に銀時は

「ここまで来て待つと思ってんの? お前。大体なんで逃げてたんだよ」
「三分。三分で戻るから!」
「ちょ、この後に及んで、まだ逃げる気か?!」

街道を真っ直ぐ駆け抜けるツレとの、何度目かの追いかけっこを再開する。
万事屋稼業で鍛えられた勘と脚力で、銀時は桂との距離を詰める。



◇◇◇



 そして場面は変わり、万事屋の客室。
 ソファに座り、手で顔を覆ったままのパー子を、新八は宥める。

「桂さんもいい加減に観念して下さいよ。銀さんって、ああ見えて一度行動すると、最後まで止めない所がありますから……」
「……うん」
「そうアル。ヅラ、お前も私を見倣って、たまには銀ちゃんの前で素直になれよ」

 そういう神楽に対して、

(桂さんも神楽ちゃんにそれ云われたら堪えるんじゃ……)

と思わないでもなかったが、いい加減、正直になって話し合うべきなのは確かだった。
何しろ、出石の城下祭にて、無関係の参加者や通行人を巻き込んでしまったのだから。

幸い、マッハのりこは大名役の男性に馬に乗せられて病院へ、ギャランドゥのおやじ達はというと、まわし姿のまま店舗に入った罪で現行犯逮捕された。
そして騒動のきっかけとなった新八は、神楽に

「姉御ばっかり、ずるいアル。私だって新八に、私だけのために人間ハンマー投げして欲しかったアル」

と機嫌を損ねられる始末だった。

「うん。そうだな、リーダー。最終的に新八君が、それだけいい男だって事は分かった」

あの後、観光客達を押しのけ、街外れの信号まで銀時と追いかけっこをした桂は

「危ない、桂!」

と後ろから抱きとめれた事で、銀時に捕まったのだった。
痴話喧嘩のせいで、騒ぎが予想以上に大きくなってしまったため、万事屋一行と桂は逃げるように出石を出るはめになった。

(恥ずかしい。こんな事なら、いっそ警察に連行されたほうがマシだ)
「いっそ警察に連行された気分で反省して下さいよ、桂くん」

呆れた様子で銀時が、桂の横に腰を下ろす。
風呂に入り、メイクを落として来た彼は、アゴ美から教わった美容液を塗っていた。
ツヤツヤになった肌は、さながら温泉に入った後のようで、良い匂いがした。

「お前も後で使えよ、ヅラ子。アゴ美が云ってただけあってスゲェわ。この美容液」
「いや、俺は顔を洗った所で、お前に合わせられる顔を持ち合わせてはおらんのだ」
「何云ってるかヅラァ。ちゃんと持ち合わせてたからこそ、温泉饅頭だけは持ち帰ってくれたんじゃねーか」

風呂上がりの銀時を見て、新八は察したのだろう。神楽に話しかけた。

「神楽ちゃん、姉上に渡すお土産があるから、一緒に付いて来てくれないかな」
「マジでか? それ、私が食べる分もちゃんと買って来たアルな? ぱっつぁん」
「もちろんだよ。……じゃあ、銀さん。桂さんとちゃんと仲直りして下さいね」

素直に立ち上がる神楽に、新八はにっこりと笑い返す。子供達はほのぼのとした様子で志村道場へ行くつもりだった。



◇◇◇



新八が志村道場へ行く支度をしている間、

「新八の云う通りアル、銀ちゃん。銀ちゃんとヅラがいつもみたいに云い合いしてないと、何だか落ち着かないアル」

はっきりとものを云えない大人達に対して、神楽は笑って云った。


「下らねぇ云い合いすらしねぇ俺達は、ガキから見てつまらねぇってよ」

素直になれと云いたげに銀時は話を切り出す。
桂も観念したのか、目を彷徨わせて落ち着かない様子ではあったものの、話し始めた。
「…………っ。……カリスマ美容師殿だ」
「は? カリスマ美容師がどうしたって?」
「行きつけの床屋で将軍茂茂が来店した折、偶然いた美容師だ!」

銀時は桂の云っている事が分からず、暫くぽかんとした。

事は、数ヶ月前に遡る。
急な事で、カリスマ美容師として床屋を預かった時の話だ。
その日、真選組局長と狂乱の貴公子と徳川茂茂という出会ってはいけない連中が髪を切りに訪れた。
髪などカットした事のない万事屋の面々は、最終的に茂茂の頭頂部に犬の糞を乗せ、店から逃走したのだった。

「あれはただならぬ雰囲気を持つ男だった。俺はお前というものがありながら、どうやらカリスマ美容師殿に心を奪われたらしい。時々、夢に見るほどなんだ」

こちらの意見を待たない口調で桂は告白した。
泣いているのか涙で声は掠れ、時折肩を震わせた。

桂は本気で云っているのだろうかと銀時は思った。
あれは銀時本人なのだから、夢に見るほど心を奪われるのも仕方がないのである。

桂の髪を許可もなく刈った銀時にとっては、正体がバレなかったのは幸いだった。
しかし、泣くほど魅了されたと云われては黙っていられない。

銀時は照れ臭さを隠すために咳払いを一つし、

「すいまっせーん。あの、今まで黙ってて、すいまっせーん。カリスマ美容師でーす」
「え……? 」
「カリスマ美容師の事がなくても、いろいろ心当たりがあり過ぎて、その中の一つでお前に逃げられてんじゃねぇかって悩んでました。すいまっせーん」

今度は桂のほうがぽかんとしている。

「何? 銀時、貴様。そんなに俺に対して心当たりがあったのか」 「いや、悪ふざけでホームランバーのミルク味をお前の顔に押し付けてベタベタにした事もあったしね」
「はぁ……、初見なのにまるで百年の知己のような懐かしさを覚えたのは、そのせいだったのだな」

桂は顔を押さえてため息を吐く。カリスマ美容師の正体が分かった事で、気が抜けたようだ。

「早く云え、馬鹿」

一方的に勘違いしていた気まずさも相まって、桂は銀時の肩に顔を埋めた。

「こっちこそ、お前に避けられ続けて泣きそうになったわ」
「ところで銀時。貴様、手つきがやらしいぞ」

久しぶりの相瀬なのにムードをぶち壊され、桂は非難がましい目で銀時を見る。

「そりゃあ、お前が来ない間、そっちはお留守になんだろ?」
「お前のそっちの事情など、知るかぁぁぁぁ!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」

万事屋から、隕石でも落ちたような音とともに、絞め殺される鶏のような声が反響した。
それから、いつものごとく。
お登勢が

「うるさいよ、万事屋ぁ。そんなに元気があるなら、滞納した家賃さっさと払いなぁぁぁ!」

と叫んだのは言うまでもない。

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